託され屋さん

人生とはなんぞ。そんな事を考えては自分がよく分からなくなる男のブログです。

人は生きながら、生かされている

こんにちは(ばんは)

ここの所人と話す機会が多々ありまして、その方々と話した事を自分の中でなかなかまとめきれずにいたら、気がつけばもう一週間です。
あまりの時の速さに、そこになにか大いなるものの存在を感じる。(例えるなら、マスターソードを抜いた途端に7年の歳月が過ぎていた、的な。)

完全な言い訳です。




・横並びに一歩進む。
政治的な意見はあまりしたくないのですが(受け取り手によっては僕の手に余る状況にもなり兼ねないので。)、アメリカの大統領になったトランプ氏が『アメリカ第一』と言う発言をしていました。
なにか、とても引っ掛かる気がした。

以前にも書いたと思いますが、人は人です。
そこにボーダーはない。

僕たちは、自分の目(小さな目、とでも呼ぼうか。)に見える範囲でしか物事を捉えられないことが多々あるのだと思う。

けれど、少し想像してみる。
大きな目で見れば、僕らは地球に住んでいる人間で、そこになんの違いもない。
言葉、文化の違いなんてものは、おまけみたいなものだと思う。
ジョン・レノンも言っていましたよね、『イマジン(想像してみよう)』と。

誰かが一番になれば、それでいいのだろうか?
誰かが何かを得るために、他の誰かが何かを失う。
本当にそうなのだろうか?
誰かに何かを与えて、誰かから何かを与えられる。
これが、あるべき姿なのではないのか。
失う必要なんて無くて、全ては与える事に繋がるのではないのだろうか。

誰かが、他の誰かをおいて独走するのではなく、横並びになって一歩進む。

僕はそんな世界を想像している。




・ハードではなくソフト。
素晴らしく馴染む表現だったので、僕が兄貴と慕う方からいただいたものです。

人が価値を感じるもの。
例えば、美味しいご飯だとか、素敵な洋服だとか。
それぞれの嗜好があり、それぞれのお気に入りがあると思います。
価値を感じるから、それ相応の金銭的対価を支払う。
当たり前の事です。

でもそれは、物に対してだけ、価値を感じているのでしょうか?

世界一美味しいわけではないけど、あの定食屋さんの味が好き。
なにより、あそこのおばさんは優しくて、そこでご飯を食べることが楽しみ。

同じ洋服は家から近い店舗でも買えるけど、いつも真剣に服選びに付き合ってくれる店員さんがいるから、少し遠いけどそこの店舗に行く。

きっと人は、物に価値を感じている以上に、人に価値を感じているのだと思う。

物の価値だけでは、これは生まれない。
人と人とが真剣に向き合った結果、生まれるのだ。
そこには上も下もなくて、一人の人間とまた別の一人の人間の心の繋がりがあるだけ。いや、それだけでいい。

ハードではなく、ソフト。




・人と人とを繋ぐもの。
僕がこのブログを始めるときに、託され屋さんと言うものも始めた。

誰かから何かを託されて、それをまた必要としている誰かに託す。(物でも事でもなんでも!)
そうする事で、人と人を繋げ、面白いものが生まれてくれたらいいな、と考えていました。

ふと気が付いたんです。
託され屋さんは僕だけじゃない。

これを読んでいる方(そこのあなたです!)も、誰も彼もみんな託され屋さんです。

僕らは、みな誰かから何かを託されている。
親、兄弟、友人、先輩、裏に住んでるおじいちゃん、角の商店のおばさん、関わった人すべてから。
それは、託された人の中で生き続け、また次の誰かに託される。
人間がいる限り、永遠に。

託され屋さん、それは生きる事そのものであり、人間そのものなのだと思うのです。

人間とは、『人の間』と書きます。(金八先生の真似ではない。)
人と人とを繋ぐもの、それはやはり人(託され屋さん)なのではないだろうか。

人は生きながら、生かされている。

日々、感謝。







人間は孤独を感じます。
でもそれは裏返せば、他人の存在を感じる事が出来るからです。

人は、一人じゃない。
人の中にはたくさんの『人の想い』があり、それを皆が脈々と受け継いでいるからです。

人と人のふれあいは、必ず何かを生み出します。
何故なら、『何かを与えて何かを得る』事が出来るから。









人生に出会いと面白さを。

歌川 翼(託され屋さん)
TEL 09058104375
LINE ID utgw2836