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託され屋さん

人生とはなんぞ。そんな事を考えては自分がよく分からなくなる男のブログです。

優しいとか厳しいとか、それ以上に真剣に向き合う事

こんばんは(にちは)

ここしばらく、頭の鈍痛に悩まされています。
なんと言うか、何もやる気の起きない、憂鬱な気分になる時もありますが、それも含めて僕なので今はまぁこれでいいや、とそんな気持ちでいます。
焦っても仕方ない、みんなそれぞれ、そのままでいいのです。




話を聞く、これはとても簡単で誰にでもできる事のように思えます。
しかし、話を聞くと言う行為の中にも、様々なものがあると思います。

親しい友人の話を聞く、飛び込みのセールスの方の話を聞く、テレビ越しの全く見知らぬ人の話を聞く、後輩の相談の話を聞く。

どれも話を聞くという点では同じですが、きっとそれぞれが持つ意味合いは少なからず違ったものだと思います。
あまり興味のない話は、ただ耳から入ってくる情報としてしか処理しないのではないでしょうか。

僕は、本当の意味での『話を聞く』と言うのは、相手と真剣に向き合う事だと思います。

例えばあなたが、大切な人の話を聞いているとき、耳から入ってくる情報として単に処理するだけではなく、自分の心で相手の言葉を受け止め、相手のことを考えながら聞いているのではないでしょうか?
つまりは、相手の想いに真剣に向き合っている訳です。




以前幼馴染が、『時間に対する意識』と『行為に対する意識』の総和は一定で、時間に囚われれば囚われるほど、行為の質が下がる。と言う話をしていたのですが、まさにその通りで、時間に囚われて真剣に人と向き合う事が出来ない大人が増えていると思う。(忙しい、暇がない、が口癖の大人だ!)

例えば、子供が大人に、「何故人を殺してはいけないの?」と質問したとします。 (極端な例ですが。)
それに対して、「だめなものはだめ。」と答える大人は、僕はあまり好きではない。
だいたいそういう人は、時間に縛られている。
忙しい、時間がない、無駄な事を聞くな。
時間に囚われて、相手と真剣に向き合えていない。

目上の人間の言う事は絶対、社会に出たら我慢するのが当たり前。
よく聞く社会の決まりみたいなものですね。
これ、相手と真剣に向き合っていたとしたら、出てくる言葉ですか?

僕の知っている、僕の尊敬している目上の方は、僕と真剣に向き合ってくれる。
だから、僕が間違えた考えを持っていても、上から押さえつけるのではなく、自然と納得させて導いてくれる。
僕と話すことを、『時間の無駄』で片付けずに、真剣に向き合ってくれているから、そのような形になる。

だから僕は、【目上の人間の言う事が絶対】、と言うのは乱暴すぎると思う。
【我慢するのが当たり前】も、なんだか真剣に向き合う事を放棄して無理矢理押さえつける為の言葉に聞こえる。

僕はこう言うタイプの大人を密かに『囚人(量産型)』と呼んでいる。

囚人達は、僕の様な存在を嫌う。
彼らの言う『時間の無駄』と言う事に対して、僕は無駄だとは思えないからだ。
彼らは、囚人であり、量産型である。
なので、自由で、ワンオフなものが嫌いなのだ。




僕が何を言いたいのかと言えば、なんだかとても愚痴みたいな事を長々と書いてしまったが、つまりは

『人と真剣に向き合ってほしい。』

と言う事です。




理解できないから、みんなと違うから相手にしない。
それはきっと、怖がってるんですよね。相手のことを。
世の中には様々なタイプがいます。
けれど、みんな人間じゃないですか。
恥ずかしがり屋だったり、甘えん坊だったり、色々な人がいますけど、みんな人間じゃないですか。

否定して拒絶するんじゃなくて、真剣に向き合えたら、とても素敵だと思いませんか?

フォレスト・ガンプだって、人と真剣に向き合える人間だったから、あんなにも素敵な人生を送れたと思うのです。(フィクションですが、素敵なものは素敵!)

真剣に向き合う、その第一歩が、話を聞く事だと思うのです。








時間なんて忘れて真剣に話をしてみてください。
時間なんて気にせず真剣に話を聞いてください。
僕らはみんな同じなのだから。







人生に出会いと面白さを。