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託され屋さん

人生とはなんぞ。そんな事を考えては自分がよく分からなくなる男のブログです。

ちょっとした事に幸せを感じるという幸せ

こんばんは(にちは)

日常の中で、ちょっとした事に幸せを覚える事がままあります。
例えば、インスタントコーヒーでなくコーヒーメーカーで淹れたコーヒーを飲んでみるだとか、いつもより星が多く見られただとか、入浴剤を使ってお風呂に入ってみるだとか。

些細な事かもしれないけれども、それを幸せに感じられると言う事自体が、とても幸せなんだなぁ、と思います。




旅の中で発見、再発見した事があります。
今日はそんな話をしようかと。

・ネガから生まれるポジ
これは、薫くんと話をして思いついた事です。

丁度、薫くんと話をする少し前に、僕は昔あった事を思い出していた。
美容師時代の話なのだが、あるお客さんがカラーをしにきた。
その方は、いつも施術が始まると目を閉じて(寝ている訳ではない。)静かに過ごすのを好む方だった。
その日は、少し急いでいたらしい。
別に急かされた訳ではないが、僕はクオリティを下げずにスピードを上げて施術をする事を試みた。
とても集中していたと思う。

そして僕はよだれを垂らした。

僕は、人の持つエネルギーと言うか、そういった類の物の総和は、常にある一定値なのだと思う。(エネルギー保存の法則と似たようなものか。)
つまり、その時の僕の集中力は、いつも使っている他のエネルギーのベクトルを上乗せして生まれたものだと思うのです。
よだれを垂らさぬようにしているエネルギーを施術に対するエネルギーに変換した結果、よだれが垂れた、と。

そんな事を思い出しながら、「もしも人がその現象を自在に操る事ができたのなら、それは新たな境地に向かえるな。」などと言う事を考えていたのです。




そして、薫くんと話をしている時にそれは生まれた。

薫くんは現在、語学の勉強をしています。
話を聞いていると、毎日かなりの勉強をしているらしい。
僕は、そのエネルギーが何からもたらされるものなのか知りたくなり、彼に尋ねた。

「僕の場合は憎しみですね。」

意外、それはネガティブな感情!
彼いわく、自分より優れた人を見ると負の感情を覚えるそうだ。
それだけで終わると、ただの僻みで終わる。
しかし彼は、その負のエネルギーを一滴たりとも外に漏らさず、それを原動力に変換し、正のエネルギーにしてしまうのだ。

ネガから生まれるポジ。
まさに、僕が少し前に考えていた事の完成形ではないか。

僕はこれに「絶対幸福変換機構」と名付けた。

誰に迷惑をかけることもなく、自らの内で生まれたネガを、ポジのベクトルに上乗せする。

僕もこの機構を自らに搭載しようと心に誓った。




・プロジェクト「あるく」
やりたい事がある、なのにやれない。

これには、2つのパターンがあると思います。
1つは、本当は出来るはずなのに、あと一歩が踏み出せない。
2つめは、心のどこかで、本当にやりたいとは望んでいない。

後者に関しては、望んでいないことなので仕方ないとは思う。

しかし、前者は非常に勿体無いと感じるのです。

僕自身も様々な事に対して、理由をつけては諦めていた事が多々あります。
やろうと思えば出来るはずなのに、勝手に理由をつけて実行に移さない。
その理由というのは、社会人としてこうでなくてはならないなどの既成の概念(俗に言う、常識)によって造られる、本当はそこに存在しない壁とでも言うべきものなのではないか、と思うのです。

常識は確かに常識です。
しかし、その常識と言うものに囚われてしまうと、目の前にある大切なことが見えなくなる事もあるのだと思います。
常識を疑うことで、見えてくるものもあるはずです。

この常識の壁は非常に厄介で、存在しない故に壊す事が難しい。
それなのに、壁と言う性質を持っているので、道を塞いでしまう。

ではどうするか。

壊す必要はないのです。
ただ乗り越えてしまえばいい。

壁の上にいる人間が、手を差し伸べて引っ張り上げればいいのだ。
僕は、この壁を乗り越えた人たちを少なからず知っている。
僕自身も、この壁を乗り越えたい。
乗り越えたあとで、同じ境遇の人達に手を差し伸べたい。




プロジェクト「あるく」は、今一歩(踏み出したいのに)踏み出せずにいる人達(僕自身も含める。)に贈るプロジェクト。

そうして壁を乗り越えた先に、様々な面白い事が待ってると思います。

その様々な面白い事(夢、とも言えます。)が、交じり、重なり、また新たな面白い事が生まれる。

人と人とがそれぞれの本質に触れ合い、大切なことに気づける世界。

それを目指すプロジェクトです。

具体的な内容については、仲間たちと現在進行形で創っています。

追々、お伝えできると思うので「今はこんな事を考えている」と言う事だけ。




・空っぽな人間などいない
デトックスという言葉があります。

体内の老廃物を排出すると言う事なのですが、僕は心のデトックスを試みてみました。

アプローチとしては、まず自分の構成要素を全て取り出す。
次に、不要なものを取り上げ、必要なもののみ元に戻す。

仕組みとしては非常に簡単です。

第一段階として、僕は自身を構成するものを紙に書き出してみた。

名前から始まり、身長体重などのスペック。
性格、趣味、思考、様々なものを樹形図として書き出してみた。




余白が足りない。




僕は自分の事をそんなに中身のある人間だとは思っていなかった。

だけれども、そんな僕でさえ、紙に書き出すと余白が足りないほど中身が溢れ出てくる。

少し嬉しくなった。
なんだ、こんなにも中身があるじゃないか。

きっとみんなそうなのです。
自分で思ってる以上に、複雑で、面白いのだ。

中身のない人間なんていない。

今生きている。
それだけで、むしろそれこそが、大事なんだ。

空っぽな人間なんていない。













日常には常に発見、再認識、様々な面白さが満ち溢れていると思います。

たまたま川の水面を見ていたら魚が跳ねて、その波紋が対岸まで広がったのを見て一石を投じると言う言葉の大きさを知ったり(神奈川の金目川と言う所で気付きました。)、曇り空の合間から見える青空に例え曇りでも空自体ははいつでも青空なのだと言う事に気がついたり、単純に道の脇に咲いている花の色鮮やかさに目を奪われたり。

旅と言う、ゆとりのある時間によって気づいたことは多々ありますが、日常にもそういった物は満ち溢れていると思います。

冒頭でも綴った様に、そういう事に気がつけることが、きっと幸福なのではないかな、と。

今日はここまで。



人生に出会いと面白さを。