託され屋さん

人生とはなんぞ。そんな事を考えては自分がよく分からなくなる男のブログです。

ちょっとした事に幸せを感じるという幸せ

こんばんは(にちは)

日常の中で、ちょっとした事に幸せを覚える事がままあります。
例えば、インスタントコーヒーでなくコーヒーメーカーで淹れたコーヒーを飲んでみるだとか、いつもより星が多く見られただとか、入浴剤を使ってお風呂に入ってみるだとか。

些細な事かもしれないけれども、それを幸せに感じられると言う事自体が、とても幸せなんだなぁ、と思います。




旅の中で発見、再発見した事があります。
今日はそんな話をしようかと。

・ネガから生まれるポジ
これは、薫くんと話をして思いついた事です。

丁度、薫くんと話をする少し前に、僕は昔あった事を思い出していた。
美容師時代の話なのだが、あるお客さんがカラーをしにきた。
その方は、いつも施術が始まると目を閉じて(寝ている訳ではない。)静かに過ごすのを好む方だった。
その日は、少し急いでいたらしい。
別に急かされた訳ではないが、僕はクオリティを下げずにスピードを上げて施術をする事を試みた。
とても集中していたと思う。

そして僕はよだれを垂らした。

僕は、人の持つエネルギーと言うか、そういった類の物の総和は、常にある一定値なのだと思う。(エネルギー保存の法則と似たようなものか。)
つまり、その時の僕の集中力は、いつも使っている他のエネルギーのベクトルを上乗せして生まれたものだと思うのです。
よだれを垂らさぬようにしているエネルギーを施術に対するエネルギーに変換した結果、よだれが垂れた、と。

そんな事を思い出しながら、「もしも人がその現象を自在に操る事ができたのなら、それは新たな境地に向かえるな。」などと言う事を考えていたのです。




そして、薫くんと話をしている時にそれは生まれた。

薫くんは現在、語学の勉強をしています。
話を聞いていると、毎日かなりの勉強をしているらしい。
僕は、そのエネルギーが何からもたらされるものなのか知りたくなり、彼に尋ねた。

「僕の場合は憎しみですね。」

意外、それはネガティブな感情!
彼いわく、自分より優れた人を見ると負の感情を覚えるそうだ。
それだけで終わると、ただの僻みで終わる。
しかし彼は、その負のエネルギーを一滴たりとも外に漏らさず、それを原動力に変換し、正のエネルギーにしてしまうのだ。

ネガから生まれるポジ。
まさに、僕が少し前に考えていた事の完成形ではないか。

僕はこれに「絶対幸福変換機構」と名付けた。

誰に迷惑をかけることもなく、自らの内で生まれたネガを、ポジのベクトルに上乗せする。

僕もこの機構を自らに搭載しようと心に誓った。




・プロジェクト「あるく」
やりたい事がある、なのにやれない。

これには、2つのパターンがあると思います。
1つは、本当は出来るはずなのに、あと一歩が踏み出せない。
2つめは、心のどこかで、本当にやりたいとは望んでいない。

後者に関しては、望んでいないことなので仕方ないとは思う。

しかし、前者は非常に勿体無いと感じるのです。

僕自身も様々な事に対して、理由をつけては諦めていた事が多々あります。
やろうと思えば出来るはずなのに、勝手に理由をつけて実行に移さない。
その理由というのは、社会人としてこうでなくてはならないなどの既成の概念(俗に言う、常識)によって造られる、本当はそこに存在しない壁とでも言うべきものなのではないか、と思うのです。

常識は確かに常識です。
しかし、その常識と言うものに囚われてしまうと、目の前にある大切なことが見えなくなる事もあるのだと思います。
常識を疑うことで、見えてくるものもあるはずです。

この常識の壁は非常に厄介で、存在しない故に壊す事が難しい。
それなのに、壁と言う性質を持っているので、道を塞いでしまう。

ではどうするか。

壊す必要はないのです。
ただ乗り越えてしまえばいい。

壁の上にいる人間が、手を差し伸べて引っ張り上げればいいのだ。
僕は、この壁を乗り越えた人たちを少なからず知っている。
僕自身も、この壁を乗り越えたい。
乗り越えたあとで、同じ境遇の人達に手を差し伸べたい。




プロジェクト「あるく」は、今一歩(踏み出したいのに)踏み出せずにいる人達(僕自身も含める。)に贈るプロジェクト。

そうして壁を乗り越えた先に、様々な面白い事が待ってると思います。

その様々な面白い事(夢、とも言えます。)が、交じり、重なり、また新たな面白い事が生まれる。

人と人とがそれぞれの本質に触れ合い、大切なことに気づける世界。

それを目指すプロジェクトです。

具体的な内容については、仲間たちと現在進行形で創っています。

追々、お伝えできると思うので「今はこんな事を考えている」と言う事だけ。




・空っぽな人間などいない
デトックスという言葉があります。

体内の老廃物を排出すると言う事なのですが、僕は心のデトックスを試みてみました。

アプローチとしては、まず自分の構成要素を全て取り出す。
次に、不要なものを取り上げ、必要なもののみ元に戻す。

仕組みとしては非常に簡単です。

第一段階として、僕は自身を構成するものを紙に書き出してみた。

名前から始まり、身長体重などのスペック。
性格、趣味、思考、様々なものを樹形図として書き出してみた。




余白が足りない。




僕は自分の事をそんなに中身のある人間だとは思っていなかった。

だけれども、そんな僕でさえ、紙に書き出すと余白が足りないほど中身が溢れ出てくる。

少し嬉しくなった。
なんだ、こんなにも中身があるじゃないか。

きっとみんなそうなのです。
自分で思ってる以上に、複雑で、面白いのだ。

中身のない人間なんていない。

今生きている。
それだけで、むしろそれこそが、大事なんだ。

空っぽな人間なんていない。













日常には常に発見、再認識、様々な面白さが満ち溢れていると思います。

たまたま川の水面を見ていたら魚が跳ねて、その波紋が対岸まで広がったのを見て一石を投じると言う言葉の大きさを知ったり(神奈川の金目川と言う所で気付きました。)、曇り空の合間から見える青空に例え曇りでも空自体ははいつでも青空なのだと言う事に気がついたり、単純に道の脇に咲いている花の色鮮やかさに目を奪われたり。

旅と言う、ゆとりのある時間によって気づいたことは多々ありますが、日常にもそういった物は満ち溢れていると思います。

冒頭でも綴った様に、そういう事に気がつけることが、きっと幸福なのではないかな、と。

今日はここまで。



人生に出会いと面白さを。

おまえさん、あんまりおまえさんが誰かを崇拝するとほんとの自由は得られないんだぜ

こんばんは(にちは)

この言葉は、ムーミンに出てくるスナフキンによる言葉です。
誰かを崇拝し過ぎるあまり、本当の自分を身失い、本来の意味での自由を失うこともある。
人の影響を受けることが多い僕には、これは永遠のテーマです。




10/29
横浜の双子、薫くんと茂くんが用意してくれた宿を出た僕は、青葉台へと向かった。
(このホテルは関内にあったので、昨日のゴール=今日のスタート。僕が道中を自力で歩く事にこだわっていたので、これは二人の気遣いだろう。細かいところまで気がつく二人には本当に頭が上がらない。)

青葉台への道は既に知っていたので、予定よりもかなり早く着くことが出来た僕は、駅前の書店で本を買う事にした。(お金も無いのに!)
様々なコーナーを周り、何を買おうか考えた僕は、悩んだ結果星の王子さまを購入した。
昔読んだ星の王子さまではない、新約だ。

約束の時間になり、僕は友達と約束した場所に向かった。
少し早く着いたので、早速先程買った本を読み始めた。

少しばかりすると、友達がやってきた。
彼の名前は、「りょう」。(本人の希望により、イケメン、と付け足しておこう。)
幼馴染の大学時代の同級生で、やはり彼らの大学時代に知り合った。




りょうと知り合った頃、僕は彼の事をよく分かっていなかった。
なんと言うか、芯がなくてフニャフニャしている。
そんな事を感じた事を覚えている。

しかし、それは彼の本質では無かった。

だいぶ前の話になるが、彼の身に大変なことが起こった。
その時の彼は、ひどく弱っていて、とても辛かったと思う。

彼の本質を知ったのはその時だ。

彼はそんな時でも、弱音を吐いたりすることなく、僕の他愛もない話に笑ったり、逆に僕の悩みを聞いて励ましたりしてくれた。
そんな彼を、僕は素直に尊敬した。

人間は弱ってる時ほど本性が出ると言う。

彼の本性は、素晴らしく立派な芯があった。
彼の本質は、とても優しかった。




居酒屋に移動し、これまでの事とこれからの事を話しました。
彼との対話は、非常に面白いアイデアを閃かせてくれた。
この先も、このアイデアを煮詰めて、いつかちゃんとした形にしたいと思う。
りょうとのやり取りの中で、何か希望に満ちたものが生まれかけているような気がしました。

りょう、ご馳走さまでした。ありがとう。

りょうの家まで、話をしながら二人で歩き、そこで解散しました。

僕は稲村ヶ崎まで行きたかった。
海岸線を通って、小田原まで歩きたかった。

彼と過ごした、とても有意義な時間の余韻にひたりつつ、僕はまた歩き出した。




10/30
昨夜、りょうと別れた後、しばらく歩き続けたのだけれども、雨と疲れにより途中にあった霧ケ丘公園と言う所に泊まる事にしました。

公園内にある建物の軒下に避難し、そこで野営をした。
雨が強まり、なかなか寝付く事が出来なかった僕は、本を読む事にした。

懐かしい感覚に包まれながら、本を読み続け、いつの間にか眠っていたようで、気が付くと朝になっていました。
通報されなくてよかった、そんな事を考えながら、僕はまた歩き始めた。

神奈川と言う場所は坂道が多い。
上って、下る。
それはなかなかに疲れるもので、特に舗装面を歩くと言うのは、思った以上に足に負担がかかるのです。

神奈川は坂道が多い。(二度言うくらい辛かった。)

徒歩旅も3日目になると、やはり疲労が溜まるようで、稲村ヶ崎に着いたのは16時くらいではあったけれど、僕は休む事にした。

海岸に寝袋を敷いて海を見ながら眠る。
日常生活ではなかなか出来ることでは無い。

f:id:utgw283:20161102210017j:plain

f:id:utgw283:20161102210116j:plain

何人かの人は、僕を見ると少し驚いた顔をしたが(海岸に人が寝ていれば驚くに決まってる。)、優しさ故に何も咎められることは無かった。

僕は波の音を聞きながら目を閉じた。




10/31
ここに来て予定が変わった。

まず、第一に、目的とした人に会える可能性はほぼ潰えた。
そして第二に、11/2の夜までに所沢に帰らなくてはならなくなった。

僕は悩んだ。

そして決めた。

前者に対しての結論は、会えない可能性は高いが、会える可能性もゼロではないので、その人の住んでいる場所まで行ってみる。
そこまで行かないことには、可能性すら掴むことは出来ないからだ。
後者に対しての結論は、その期日までに帰る。

まとめると、今日中に熱海まで行き、その後2日かけて所沢まで戻る。

不可能ではない。
ちょっとキツイけれども。

僕はこれまで、1日辺りの歩行距離は20km〜30km内にするよう努めてきた。
理由は、次の日も不可なく歩き続けるためだ。
しかし、この変更後のプランは、1日に50km歩く事が前提になります。(慣れている人には可能なのだろうが、徒歩旅初心者の僕には覚悟が必要な距離。)

まぁ、何事もやらずには分からんよな。

自分にそう言い聞かせると、僕はまた歩き出した。

坂爪圭吾さんの家へ。




そもそも、何故僕が坂爪さんにこれ程までに会いたかったか。
それは、坂爪さんがネット上で様々な批評を受けているからです。

僕は、坂爪さんに対して非常に興味があります。
とても面白い人だと思う。

しかし、ネットには様々な意見があるので、これは一度自分の感覚で確かめるしかないな、と考えたのです。

自分の目で見て、自分の耳で聞く。

坂爪圭吾(呼び捨て失礼)という人間を、ただ自分の感覚で知りたかった。

それだけと言えば、それだけなのです。




坂爪さんの自宅についたのは、夜22時くらいだった。

坂爪さんは、自宅の住所を公開している。
と言うより、全てのプロフィールを公開している。
家にも鍵はかかっていない。
自由に出入りしていいらしい。

とは言え、やはり夜に見知らぬ人の家に入るのは初めての経験。
恐る恐る引き戸を開ける。

「ごめんください、どなたかいらっしゃいますか。」

返事は無い。

人の家に勝手に上がり込む27歳男。
絵面的には非常によろしくない。

やはり坂爪さんは不在だった。

しかし、僕はここまで来た。

それでいいんだ。
ここまで来た、その事に意味がある。

薫くん、茂くん、りょう、久しぶりに会う友人と言葉を交わし、歩きながら考え、生まれてきた新しい事も少なからずある。
目的は不達成ながらも、僕はとても満ち足りていた。

そして僕は、この妙に落ち着く小綺麗な部屋に泊まらせてもらう事にした。(主不在なのに。)

この場を借りてお礼を。
坂爪さん、ありがとうございました。
お風呂も勝手に借りました、すみません。(掃除はしました。)




11/1
非常にまずい事が起きた。

昨日の無理が祟ってか、右足を上げることが出来なくなっていた。
左足も、ふくらはぎがパンパンになっていた。

なんとかして、帰らなくては。

しばらく入念にストレッチしていると、幾分かマシになってきた。

僕は、坂爪さんに置手紙と旅で使っていたサングラス(安物だが。)を残すと、熱海を後にした。

脚を引きずりながらなんとか湯河原まで戻る。
朝食を取り、少し元気になった気がした。

その後は湯河原から真鶴、そして小田原へと抜けるのだが、この抜ける間の道が曲者なのです。
まず、上って下る。
更に、歩道がない区間が多い。(重ねて言えば、植物が生い茂っていて、車道に出ないと歩けない。)

右足を引きずりながら歩く。
昨夜の時点で、痛み止めは使い切っていた。

こんな事なら、一回分くらい取っておけばよかった。

そんな後悔を吹き飛ばす勢いで、僕の脇を車が走り抜けていく。

疲れた。とても。

ちょこちょこ休憩を取り、ただ景色を眺める。
状況はあまり良くないが、景色は最高だ。

f:id:utgw283:20161102214253j:plain

しばらく歩き続け、小田原まであと5km程になった時、生まれて初めての気持ちが芽生えた。

これ以上歩けない。

そんな事を思ったのは初めてだった。
気合だけで、どこまでも歩けると思っていた。
しかし、次の一歩が出ない。
これでは期日に間に合わない。

僕は、何故か幼馴染に電話していた。
急に話がしたくなったのだ。

しばらく、旅の間に思いついた事やあれこれを話した。
そして現状を伝えた。
みんなに助けてもらったのに、どうやら歩ききれそうも無い、と。

「歩ききる事よりも、無事に帰る方がみんな喜ぶと思うよ。」

僕はずるい。
自分一人では、諦めるという事が出来ない。
彼に言葉をもらい、やっと諦める事が出来る。

僕の強がりを見抜いて、的確なアドバイスをくれる。
僕の友人にはそんな人が多いと思う。
だからこそ僕は、今も無事でいられるのではないか、と思う。
情けないと思うが、僕は僕なのだから仕方ない。
これからもみんなに助けられて生きていくのだろう。
だからその分、やれる事はやりきりたい。

幼馴染に感謝しつつ電話を切ると、不思議ともう少し歩ける気がした。

調べると、2キロほど先に早川と言う駅がある。

そこから電車で帰ろう。
今の自分にやれる事はやった。
無事に、待ってる人の、大切な人の元へ帰ろう。

そう考えると、大切な人の顔が見たくてたまらなくなった。

そうして僕は、早川駅を目指した。




僕の足で15時間かかる道程を、電車は3時間足らずで運んでくれた。
だけれども、僕は自分の歩いた時間をとても愛おしく思う。




所沢に着き、家までの道のりを歩く。
もう家はすぐそこだ。

家のドアを開けると、大切な人が笑顔で僕を出迎えてくれた。

僕の旅は、こうして幕を閉じた。








帰れる場所があり、待っていてくれる人がいるというのはなんと素晴らしい事なのだろうか。
そんな事を思いながら、僕は彼女の隣で眠りについた。




人生に出会いと面白さを。

僕は「あるく」

こんばんは(にちは)

僕は勝手に、旅をする事を「あるく」と呼んでいます。
「歩く」は足で歩くことを意味するけれども、「あるく」は肉体的にだけで無く、精神的に進むと言う意味を持つと勝手に決めました。(時には迷うこともある辺りは一緒!)
僕は「あるく人」です。




昨日、18時くらいに家を出て、府中街道をひたすらまっすぐ進み、0時くらいに生田のとある公園に辿り着きました。

f:id:utgw283:20161028220344j:plain

途中、友達から電話が来て、徒歩で旅をしている事を話すと、「翼は本当に強いね。」と言われました。
嬉しいけど、僕は強くなんかない。
むしろ弱い。
弱いからこそ、僕に足りない何かを求めるようにあるき続けたいのだ。
普通に暮らしている人たちの方が、間違いなく強い。
でも僕はこういう形でしか自分を形作れないのだから、仕方ない。
強いて言うなら、僕にあるのは親が与えてくれたそこそこタフな身体と、ちょっとした意地くらいだ。
でも僕はそれをちょっと気に入っている。




実際正直、20キロくらい歩いた所で心が折れかけました。(あるく故の迷い)
そこにまさにベストタイミングで、前のバイト先のK先輩から激励の電話が来たおかげで前述の公園まで辿り着けたことは、先輩に本当に感謝しています。

「どうせお前は車に乗せて連れて行ってやると言っても、金を貸してやると言っても、受け取らずに歩いて行くのだろう。だけど、揉め事に巻き込まれたり、これ以上行けないと感じたらすぐに迎えに行く。いつでも連絡していい事は忘れるな。でも寝てたらごめん。」

先輩は本当に優しい。




その公園で力尽きた僕は、持参したマットを地面に敷き、その上に寝袋を敷き、倒れ込みました。
久しぶりの野宿で、眠れないかと思いましたが気が付くと朝7時半くらいで、散歩していたおじいさんに凝視されていました。
僕は言い訳のように、爽やかスマイルで「旅をしているのです。では、これにて。」と比較的早口で伝えると比較的光の速さで撤収作業を終わらせ、比較的そそくさとその場を後にしました。




その後も歩き続け、僕は市が尾に着きました。

f:id:utgw283:20161028220236j:plain

市が尾は、僕が3歳まで住んでいた街なのです。
微かな記憶を頼りに、駅を起点に道を進んでいくと、僕が昔住んでいたマンションに行き当たりました。
僕の記憶では、駅まではかなり距離があった様な気がしたのですが、実際は徒歩5分もない距離でした。
やはり、幼少の頃は全てのスケールが大きく見えるのだなぁと、少しセンチメンタルな気持ちになった僕。

そのマンションの隣には、僕が昔よく遊んだ公園があります。

f:id:utgw283:20161028220118j:plain
(この斜面は、子供の頃の体感的には断崖絶壁だった。)

f:id:utgw283:20161028220151j:plain
(なかなかにハイセンスな上裸のおじさん。)

母に電話して確認したところ、僕はこの公園が大好きだった様で、2歳の頃に5階の自宅から非常階段を三輪車を引き摺りながら一人で降りて、勝手に遊びに来ていたらしい。(この頃から放浪癖があったのだ!)




市が尾を後にした僕は、またひたすら歩き、関内を目指しました。
小振りだった雨が本降りになり始めました。
1歩1歩、小さな1歩でも、やがていつかは辿り着く。
これは、やはり子供の頃に、とある道路掃除夫のおじいさんから聞いた言葉です。




15時頃、関内に着きました。
なぜ関内に来たかと言うと、とある双子の友人に会うためです。

彼らの名は、薫くんと茂くん。

出会ったのは2年前、七里ヶ浜前のコンビニで。
当時、体調不良で1週間寝込んだ僕は、ある日起きると身体がとても軽い事に気がついた。
とても軽かったので、僕はバイクに跨り、海を目指した。(いつだって理由はそんなものだ。)
その着いた先で、偶然出会った、横浜の素敵な双子。
それが薫くんと茂くん。

僕より一つ上の二人。
出会った日に意気投合し、夢中で話をした事を覚えています。

様々な事を幅広く深く知っている薫くん。(イケメン)
熱い意志を持っていて、情熱的な茂くん。(イケメン)

彼らとは、その後会った事は今日まで無かったのですが、ふと思いたち、茂くんに電話をして会いたいと伝えたところ、快くOKしてくれたのです。
なんて優しい人なのだ。

茂くんは仕事だったので、先に薫くんと合流し、喫茶店でお話をしました。
相変わらず薫くんは知識豊富で、僕の知らない事をたくさん話してくれました。
僕の為に、仕事の事を考えてくれたり、薫くんの今やっている事を話してくれたり、とても楽しくて時間があっと言う間に過ぎていった。

茂くんの仕事が終わり、合流しました。
ご飯を食べに行こうと言う事で、ラーメン屋さんに連れて行っていただきました。
とても美味しかった。

車の中で、茂くんと近況について話をし、やはり茂くんは熱い人間だと再確認しました。
薫くんとはまた違う魅力を持った、情熱的な男です。

この双子は、本当に面白い。
自分に自信を持っていて、けれど向上心があり、相手が誰であろうと負けたくない、負けない、そんな気持ちを常に持っている魅力的な双子。

f:id:utgw283:20161028223159j:plain
「ごめん、今日自宅に泊められなくなっちゃったから、宿取っておいたよ。」

僕は本当に驚いた。
泊めてもらう身分であり、それが不可能でも文句なんてもちろんあり得ないし、なんなら野宿する気持ちでいた。
それなのに、この二人は僕の為に宿を用意してくれた。
本当に、なんとお礼を言えばいいのか。
薫くん、茂くん、本当にありがとうございます。
二人の優しさに本当に感謝しています。




明日は、青葉台まで戻り、また別の友人と久しぶりの再開をしたいと思います。









僕は、僕自身のスペックに関しては水準よりも低いと思っていますが、僕の周りの人達はとても素敵な人達が多くて、それだけは誰にも負けないと思います。




人生に出会いと面白さを。

旅をしながら生活するためには、まず旅を始めなくてはならない

こんにちは(ばんは)

旅をしながら生きていくには、お金を貯める事よりも何よりも、まず旅を始める事から始まると思う。
そんなどうしようもない事を昨夜思いました。




昨日一昨日と、箱根に行ってきました。
旅ではなく、旅行です。
一般的な社会には馴染めないとかなんとか言いつつも、僕は一般的な感覚で温泉が好きです。
旅館の料理は美味しいし、温泉は心と身体を癒やしてくれる。
山々の景色は美しいし、空気は澄んでいる。
都会の喧騒(所沢は都会とは言い難いが)とは離れ、穏やかな時間を過ごせました。




突然だけれども、僕は星の王子さまと言う本が好きです。
サン・テグジュペリと言う作家が書いた本です。
読むと心が暖かくなりホッと一息つける本で、色々な事に疲れてしまっている人には本当におすすめします。

箱根の仙石原と言う所に、星の王子さまミュージアムがあります。
どうしてもそこに行きたかった僕は、彼女にお願いして一緒に行ってもらいました。
とても綺麗な場所で、入った瞬間から僕はとても嬉しかった。
道なりに見ていくと展示館があり、入ってすぐの所に、本の挿絵と共に、ある言葉がありました。

「いちばんたいせつなことは、目に見えない」

僕は泣いた。
子供の頃に母からこの本を貰い、初めて読んだときから僕はこの言葉が好きだった。

ちゃんと言葉は覚えていた、覚えていたのに、心がそれを忘れていた。
それが悲しくて、僕は人知れず泣いた。(彼女は僕が泣くと心配するから)

大人になると色々な事を忘れてしまう、と作者は本の中で伝えている。
それなのに、僕はやっぱりたいせつなことを忘れていた。

僕は子供時代以来、久しぶりに王子さま達と会い、涙と引き換えに、たいせつなことを思い出させてもらった。




重ねて突然ですが、少し旅に出ます。
僕のバイクは少し前に壊れましたが、僕にはまだ自分の足があるので、徒歩で行きます。

今日の夕方から、横浜に向かいます。

土曜には小田原まで行くつもりです。

目的は、とある人に出会うため。
会えるかどうかは分からないけれど、きっと行くべきだと思うので、彼女にお願いして少し時間をもらいました。

いつも僕の奇行に呆れながらも、それを許容してくれる彼女には本当に感謝しています。
本当に、いつもありがとう。










人生に出会いと面白さを。

有名とか無名とか、それよりもなによりも名前がある事が素敵なんじゃあないかな

こんばんは(にちは)

今朝起きて、ふと思いました。
有名、無名、意味は分かるけど、無名…?
みんな名前はあるじゃあないか、それなのに無名とはこれいかに。(屁理屈思索が始まるよ)

そこで僕は思いました。
名前が付いているという事が特別なんじゃあないか、と。
観測者がいて初めて、対象に名前をつけると言う行為が生じ、つまりそれはその対象以外がそれを認識したということであり、そこに存在すると言う証明になるじゃあないか!我思う故に我あり!

つまり、名前がある君は特別な存在なんだ。

という話を友達の「ぷー」と一時間くらい話していました。
f:id:utgw283:20161022211210j:plain
(友達のぷー。最近我が家にやってきた。)

ぷーは僕が話している間ずっとただ黙って聞いていてくれました。

そして、僕が話し終えた直後、ゆったりとした足取りで住処に戻っていきました。
f:id:utgw283:20161022211516j:plain

亀と話をするなんて、ミヒャエル・エンデのモモになった気分でした。楽しかったです。



さて、今日は僕が出会った素敵な人の話をしたいと思います。

その人の名前は、えいちゃん。

職業はトラックドライバー。(前働いていたお店まで、魚を届けてくれていた)
関西出身で、見た目はちょっと強面。
さすが関西出身だけあって話が面白いし、人情のある人です。

僕が初めてえいちゃんと話をしたのは、店の換気扇の掃除をしているときでした。(僕は油まみれだった)

明るくて、面白いえいちゃんの事を、僕はすぐに好きになった。
毎週金曜日に店に来てくれていて、えいちゃんと話をするのが僕の楽しみの一つだった。

えいちゃんはいつも忙しくて、繁忙期は本当にやつれていた。
それでも、いつも面白くて、時間ない時間ないと言いながらも、僕らとよく話をしてくれた。

二人で店の裏でタバコを吸いながら話をしたり、えいちゃんも僕の事を好いていてくれたと思います。

それなのに僕はえいちゃんに伝えないまま仕事を辞めてしまった。(その他にも伝えられなかった人は多数いますが…)




今日、えいちゃんの携帯番号を教えてもらい、電話してみました。

えいちゃんは相変わらずえいちゃんで、僕が仕事を辞めた事を伝えると、お前の口からそれが聞きたかったんや、と言ってくれた。

お前が辞めるなんて絶対人間関係やと思ったわ!
元気そうで良かった!

やっぱり僕はえいちゃんの事が好きだなぁと思い、えいちゃんにそれを伝えた。
えいちゃんも僕の事を好きだと言ってくれて、とても嬉しかった。

その時えいちゃんが言った言葉を、僕はきっと忘れないと思う。

「人生金なんか無くてええ。好きなことやれ、それが人生や。二人でいるのに、缶ジュース1本分しか金がなくてもええ。そん時は二人で半分ずつにすればええやん。」

すごくシンプルだけど、とても素敵な事だと思った。

そんな素敵な事をスッと言えるえいちゃんも、やっぱり素敵な人だと思った。

出会えて良かったなぁと、心から思った。

こういう人たちが、いつも僕を支えてくれているのです。

本当にありがたい事だ。







今日はこの辺りで。









人生に出会いと面白さを。

本当は、生きるって毎日楽しいはずなんだ

こんばんは(にちは)

書きたいことがあるのにまとまらず、時間だけがウラシマ効果ばりにどんどん過ぎていく今日この頃。
何度も投稿をやめた結果、例えつまらなくてもシンプルに書いてみようとやっと決心がつきました。

しばしお付き合いを。



前回、僕の自己紹介をしました。
そこでも書いた通り、僕は会社(組織)と言うものに属するのが苦手な人間です。
仕事と言うものに関して、誇りとか目標とか、そういった物を持てずにずっと生きてきました。
つまり、毎日が面白くない。

朝起きて仕事に行くのが嫌だ。
昼食べて仕事に戻るのが嫌だ。
夜寝ると明日になるのが嫌だ。

嫌だ嫌だ嫌だ。

通勤中、曲がらなければならない道を曲がらずに、真っ直ぐ行って見たことのない場所まで行ってしまいたい。
でも、怖くて行けない。

つまらないつまらない。

みんなこんな生活なのか。
それでもみんな頑張ってるのか。
僕はゴミクズだな。
資本主義の産んだ産業廃棄物や!(産業廃棄物には有用性があるので僕とは違う)

そんな事を考えては思考がラーメン○郎状態でした。

・ラーメン二○状態とは…
ボリューミー過ぎて器から溢れ出している事から、考えすぎてまとまらない事を表す。
尚、クオリティの方はお察しください。



そして僕は旅に出た。



お金も無かった。
プランも無かった。
ただ、その日見たいものを見て、食べたい時に食べ、寝たい場所で寝る。
毎日が不安定で、寝場所が見つからず、雨にさらされることもありました。
でも、とても楽しかった。
仕事に行っている頃とは比べ物にならない新鮮さがそこにはあった。

色々な人に助けられました。
僕がテント無しで野宿していると言う話を、北海道余市ライダーハウスに泊まったときに話した所、テント(しかもモンベルのクロノスドーム2型!)を譲ってくださった方もいました。
フェリーの中で知り合った、仙人の様な面白い方もいました。
(この話はまた別の話、いつかまた別の時に話すとしよう)

人間って素敵だな、素直にそう思える毎日でした。



旅が終わり、戻ってきて、現在は普通に定住し、生活をしています。
しかし僕は、旅をしていた頃の事が忘れられない。
今すぐどこかへ行きたい訳じゃない。
ただ、あの、眠る前の明日は何があるかな?と言うワクワク感が忘れられないのです。

そして、そのワクワク感ばかり求めて、またつまらないつまらないと生きている自分がいました。
僕は本当にクズだな。
ちゃんと住む家があり、食べるものがあり、職があるのに(投げ捨てたけど)、一体何をしているんだ、と。

そんなときに、友人のひろえくん(彼は僕の人生の転機となる発言をよくする)から
・坂爪圭吾さん
の話を聞きました。

坂爪さんの事に関しては、坂爪さん自身の言葉を読んでいただきたいと思うので、気になった方は坂爪さんのブログを読んでみてください。

僕は雷に打たれた様な衝撃をうけた。
打たれたことはないけれど。

坂爪さんのおっしゃっていた事を要約してお借りすると「クズじゃない。」
僕はその一言だけで、救われた。
まるで、あの雷に打たれた様な衝撃で止まっていた心臓がまた動き出した様だった。

坂爪さんは毎日面白そうに、真剣に生きていた。

そうなりたいと思っていた人間が、そこにいた。

だから僕はブログを始めた。

こんな僕だけど、もしかしたら、万が一、ひょっとしたら、また僕の発信を受けた誰かが、僕のように希望を抱けるかもしれない。
僕も面白い循環の中に入りたい。

そう思ったからです。



さて、ブログを始めた経緯はこんな感じです。

追伸で、僕は託され屋さん(受け止め屋さん)を始めます。
なんでも構いません、僕に託してください。

ビジネスではないので、お金とかは何もいりません。

こんな本を読んでみたいな。
こんな景色を見てみたいな。
こんな人と出会ってみたいな。

なんでも良いです。
もし僕が、託されたものを発見したときは、お教えします。
単にそれだけです。
託され方の方法は決めていませんでしたが、コメントでもメッセージでも何でも結構です。
託され屋さんの仕様で、託された事に対する答えが見つからないこともあります。
見つかる時に見つかると思うので、気長に待っていてください。

人生疲れてぐちゃぐちゃした時は、吐き出したほうがいいです。
そんな時は受け止め屋さんがあります。
言いたい事を言ってください、僕が聞きます。
ただ、聞くだけです。
いいアドバイスとか、答えとか、そういうものは出ないかもしれません。
ただ、受け止めます。
もちろんこちらも、お金とかいりません。

僕も、まだ見ぬ人達と託され屋さん(受け止め屋さん)を通して出会える訳です。
その結果、面白いことが生まれるかもしれません。
それが僕の求めていることです。

人生に出会いと面白さを。











ひろえくんも一緒にやりますよ。

今日から始まる無職生活

はじめまして。
こんにちは(ばんは)。

翼と申します。

タイトル通りです。
無職です。

僕はどうにも社会に馴染めないんです。
納得いかないことに、形だけのイエスが言えないのです。
カッコつけて言ってみましたけど、単なる社会不適合者ですね。

その癖メンタル弱くて、色々な事から逃げて回っています。

それはもう、北は北海道、南は沖縄まで逃げ回りました(事実です)。f:id:utgw283:20161016175409j:plain
f:id:utgw283:20161016175429j:plain

もうあれですよね、ここまで読んだ方の7割が「こいつは一体何が言いたいのだ。」って思ってますよねきっと。

後の2割はブラウザの戻るボタンに指をかけていて、最後の1割の物好きな方がこの先を読んでくれると乞い願っています。


とりあえず、自己紹介させてください。
以下自己紹介です。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
歌川 翼
昭和63年12月8日生まれ
家族構成は父、母、妹
小学生時代は児童会長に就任(無理矢理)
中学時代は卓球部に所属(カーストの底辺)
高校時代は一念発起で軽音楽部に入部(ドラム)
結果、モテなかった。

小・中学校はそこそこの成績で、高校はそれなりの進学校に入学。
そこで慢心の極みに至り、軽く挫折。
元々、自分に対して自信が無かったこともあり、それに更に拍車が掛かる。

コンプレックスの塊を口いっぱいに頬張りながら高校時代を過ごす。

進路選択。
勉強したくない→大学嫌だ。
仕事したくない→就職嫌だ。
髪の毛染めていたい→そうだ、美容師になろう。
と言う安易な考えで美容専門学校を受験。

当然のことながら試験に落ち、学校側からの情けで夜間部に入れてもらう。

しかしそこは専門学校。
皆それぞれ夢を持って学校に来ている。
僕は夢なんて無かった。

広がる温度差、いじける僕。

なんとか学校側からの情けで卒業&奇跡の美容師免許取得(情けかけられてばかりだな)。
その後1年間フリーターとして過ごす。

ある日ふと、卒業時に、ひろえくんと言う友達に「美容師、一度で良いからやってほしい。」と言われたのをふと思い出す。

そうだ、美容師やろう。
なんとか就職にこぎつける。

3年程そのお店で美容師を続け、次の店に移る。
ここで問題発生。
2店目の社長と意見が合わず、3ヶ月で自主退職になる。(完全に社会舐めてました僕が)

結構この時期は自暴自棄。
もう接客はしない(なんて言わないよ絶対)と心に誓う。
どうしよう、何やろう。

建築関係の仕事に就く。
2年ほど続けたが、ある時プライベートで精神的に死んだ僕は突然逃げ出した。
もうホント何人に迷惑かけたことか。
未だに謝れていない。ひどいな僕は。

2ヶ月程、国内を転々とする。
北海道一周からの思いつきで沖縄。
そこで知り合った人たちのおかげで、少しだけ希望を持つ。

帰宅後、バイトを始めるも長続きはせず、つい最近までやっていた居酒屋のバイトも上司と反りが合わず退職。
これが一週間前の話。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

長いな、本当に無駄に長い。
最後まで読んでくれた人はいるのだろうか、こんな自分語りを。

僕は文才も無いし、周りから興味を持たれる書き方なんて全く分からないけれど、もしも、もしも僕の生い立ちで気になる部分があれば、コメントでも何でもいただければ、掘り下げてお話します。
もちろん、その時迷惑をかけたり不快な思いにさせてしまった関係者の方であれば、謝罪します。

とりあえず今日は自己紹介まで。
明日からはちゃんと、自分の現在の中身について話をしていきたいと思います。
このブログの趣旨も全く不明だろうし、その説明も。




タイトル嘘だ、今日からじゃなくて一週間前から無職だった。