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託され屋さん

人生とはなんぞ。そんな事を考えては自分がよく分からなくなる男のブログです。

関係性の精算と感謝

こんにちは(ばんは)

さてさて、前回の更新からアッと言う間に1ヶ月が経ちました…
少々サボり気味でしたね…
年末の忙しさと忘年会と言う名のアルコール摂取会にやられていました。(主に肝臓が。)

遅れましたが、明けましておめでとうございます。
去年から特に成長はしておりませんが、何卒今年もよろしくお願い致します。

年末からこちら、なかなか忙しく、そしてかなり楽しく過ごさせていただきました。

後輩カップルと先輩が我が家に遊びに来たり、兄弟と慕っている先輩達と飲みに行ったり、新年早々彼女の実家の親戚の方々の集まりにお邪魔したりと、イベント盛りだくさんの日々でした。
こんなに楽しく日々を過ごせるのも、周りの皆様のおかげです、ありがとうございます。

おみくじは僕も彼女も「凶」でした。
きっと今年は右肩上がりな一年になることでしょう。








・関係性の精算
話は飛ぶけれども、僕は横柄な人間が嫌いです。
自分に余裕がなくて、人に対して横柄な態度を取ってしまった事を後から思い返して恥ずかしくなる事が多々ある。
横柄な人間を見ていると悲しくなるし、それに対して腹が立ってくることにも自分の器の小ささに気付かされて嫌な気持ちになる。

とある方が、金銭を支払って(等価交換して)何かを得ることは関係性の精算だ。と仰っていました。

僕も常々そう考えていた。

例えば、コンビニに行き、そこで500円の弁当を買ったとする。
そして、500円を払う事でお店側と僕の間で、売る側と買う側の関係性を精算する。

これが精算できないと、いわゆる泥棒になりますね。

ここで思うのが、僕は何に対して500円を払ったのか、だ。

答えは当然、弁当に対して。

さて、弁当と等価交換で500円を払っているだけの人間が偉いのでしょうか?

とまぁ、なんでこんな事を書いているかといえば、最近なんだかよく「俺は客だから偉い。」的な人間を見かけたからです。
年末でしたしね、忘年会などで酔っ払って気が大きくなった方が多かったのでしょう。

ここからは僕の意見です。

「客は別に偉くない。
しかし、客に対して敬意は当然払うべきである。
であるならば当然、客側も、相手側であるお店や店員さんに敬意は払うべきである。
と言うか、商売ってものが人と人で成り立っている以上、お互いの敬意無くして成り立つことはありえない。」

はい、僕はずっとこう考えています。

買い手は、既に等価交換してるんですよ、物やサービスに対して。
その上で、プラスαの付加価値として、丁寧な接客があるんですよ。
そのプラスαは、買い手が求めるものではなくて、売り手が自然と提供するものなんですよ。

金銭を払う事で、関係性を精算している。
どちらが上か下かなんて無い。
だから、そこに横柄な態度って有り得ないと思います。

過剰なサービスで、等価交換ではなく、売り手が身を削って買い手に何かを与えるなんておかしいと僕は思います。

横柄な人に対して言いたくなる。

「あなたは今、某コンビニチェーン店の店員さんに対して俺は客だから偉いと暴言を吐きました。では仮に、逆にコンビニ側から、『そんな暴言を吐く人に売るものはないので帰ってください、あと全国すべての当チェーン店に対して出禁にします。』と言われたら困りませんか?」と。

まぁそんな事は現実あり得ない事なのでしょうけど、マーフィーの法則的にはあり得るかもしれません。

もちろん、売り手側が横柄な態度を取ることもあります。
それももちろんおかしいので、その時は遠慮なく言いますよ、態度が悪い、と。

でもそれ以前に自分の態度が悪ければ、それは仕方ないことですよね。
どこの人間が、態度が悪くて高圧的な人間に優しくしようと思いますか。
いたとしたらそれは最早聖人ですよ本当。

なので僕は実践しようと思います。
人に優しく丁寧に、敬意と感謝を忘れない。
まずそれをやらない事には、始まらないからです。
自分が出来てもいない事を人に求めるなんて愚の骨頂ですからね。

人からしてもらったことを、仮にそれが周りから見て当たり前の事だとしても、自分自身で当たり前と言い切って、相手に対して感謝を忘れた人間なんて、僕は嫌です。









新年早々、ちょっと強めに書いてしまいました。
久しぶりに書いたもので、思うがままに書いていたらこんな事に…笑




さてさて!
以前からお話していた、僕の先輩のYuki君が作ったTシャツが届きました!(しかも1月1日に!)

5枚も送ってくれたので、日替わりで毎日着ています。
やっぱり、その洋服の背景に尊敬する人がいると、このTシャツを着ているだけで心強いです。
衣食住の衣が、満たされた気持ちです。

が、しかし。
撮影者がいないのです。

実際に着ている写真を載せたかったのですが、撮影者がいないのです…

なので、後日彼女に撮ってもらい、それを載せようと思います。
Yuki君!申し訳ない!しばしお待ちを!

でも、3種類のデザインを送ってもらったのですが、どれも最高にクールです。
中でも僕のお気に入りは般若のデザインのTシャツで、もう3回くらい着てます笑
次回辺りに載せますので、見てみてください!

Yuki's works
https://ys-works.stores.jp

(因みに、送ってくれたのはドラゴン、スカル、般若の3種類!)

Yuki君の名刺も大量に貰ったので、ガンガン配りますよ!
興味のある方はお気軽にどうぞ!












人生に出会いと面白さを。

歌川 翼
TEL 09058104375
LINE utgw2836

世界を旅する親愛なる先輩の話

こんにちは(ばんは)

前回少しだけ触れた通り、今日は僕の親愛なる先輩『世界を放浪するタトゥーアーティスト、Yuki君』の話をしようと思う。

Yuki君とは、専門学校時代にアルバイトをしていた漫画喫茶で出会った。
ロングのパーマヘアーに鼻ピ、西海岸風のスタイルのYuki君に、僕はとても憧れていた。(Yuki君の真似をして、僕もロン毛にした。)

話をしてみると、とても面白い人だということが分かった。
彼は英語が得意で、将来的には海外に旅立つと言っていた。
考え方も柔軟で、お金持ちや、有名になる事より、自分の生き方で生きる、と言う信念を持っていた。(この辺り、僕はかなり影響を受けている。)

とにかく、何かに縛られるより、常に自分の考えで行動すると言う、なんとも素敵な先輩だ。

僕があれこれ書くよりも、Yuki君本人の言葉を知っていただきたいので、ここからはYuki君の言葉を抜粋させていただこうと思います。



Yuki君のルーツ
『俺がどういう考えで行動してるかを並べるけど、俺の目指すスタイルは日本風×異国。
それから、どんなジャンルをやっても俺の作品だとわかるようになりたいかな。模索中だけど。

こうなるまでの経緯だけど、幼少の頃、服のデザイナーであった父親に多大な影響を受けた。
絵を描く影響は、父とDragonballの作者 鳥山明
アメリカンカルチャーの影響は、これまた映画好きの父親からもらったVHS Back to the futureから。

中学の終わりから洋ロックにハマり初めて英語とタトゥーに憧れを持ち始める。

高校時代は通勤退勤ラッシュで死んでいるような大人たちを見て生きるって何なのか?と思う。

大学時代、19歳でついに初海外。
オーストラリアで多国籍の友達ができ、いつかその全員に、彼らが住んでいる国まで会いに行こうと決める。

大学卒業後、海外で働くためにはと思って、和食屋でそば打ちなどを習いながら2年働いた。(日本料理を作れる日本人というのは、海外の和食レストランで即戦力になる為、重宝されるから。)
のちに3.11震災後の自身の誕生日3.27に世界一周に出発。

性格上状予定通りにならず、盲点だったアジアの旅にハマり一年過ごす。
その時にインドの山で、隣の部屋に泊まっていたシンガポールのタトゥーアーティストJohnny Gohに師事。その後Johnny の後について回るが経済的問題のためお互いに帰国。

 その後一年日本でまた和食屋で働いたのち、ネパールにてレストランを作ることになるが、失敗して手持ち¥1000になった事から真剣にタトゥーをやり始める。壁画をレストランに描いていた事から口コミで客が来るようになり、その資金と借金で今現在いる「自分の原点、オーストラリア」で初のTattoo studioの仕事に付く。

最後に、俺のこの活力源は一種のちっぽけな復讐心から笑
大学の時彼女と別れた後、その元彼女は俺の友達に連れられて、RIZEのライブに行ってジェシーと写真を取った。
俺は振られた挙句に、RIZEのライブにも連れてってもらえずジェシーにも会えてねぇ。
元カノは俺を振ってすぐに新しい彼氏ができた挙句、RIZEにまで会ってる。それも俺の友達に連れられて。
どんだけ不公平だ!!と。

 だったら俺は俺の実力で、ジェシーと同等の立場になって会ってやろう。って思った。』




と、ここまでがYuki君自身の言葉です。
最後の『ちっぽけな復讐心』まで含め、自分を曝け出して前に進むYuki君に、僕は尊敬の念を覚える。

そして、そんなYuki君が僕に、自分自身が作るデザインの宣伝を託してくれた事をとても嬉しく思っている。

彼は今現在、前述の通りオーストラリアにいます。

Yuki君自身の、唯一のデザインを模索しながら、タトゥースタジオで働いているとのことです。

タトゥーに対しては、様々な意見があるとは思いますが、僕はタトゥーを一つの芸術だと考えています。
その人の生き様を描き記すもの。
先住民が戦士の証としてタトゥーを入れたように、その人そのものを表す芸術。

周りの目を気にせず、ビッグになる事より、金持ちになることよりも自分自身のスタイルを貫き通し、自分自身の表現を模索する素敵な旅人、それがYuki君です。

Yuki君のサイト↓

https://ys-works.stores.jp/

サイト内のリンクで、インスタグラムから、Yuki君の作品達が見られます。

是非一度、見てみてください!

Yuki君の事が気になったあなた、気軽にご連絡ください。
喜んで紹介させてもらいます。







人生に出会いと面白さを。




歌川 翼
TEL 09058104375
LINE utgw2836

時間が足りないと言う幸せ

こんにちは(ばんは)

お久しぶりです。
最近、様々な事が重なり、結果的になかなかドタバタしています。

簡単にまとめると
・祖母が亡くなった。
・託され屋さんとして、初の託されが舞い込んだ。
・沖縄で結婚式があった。
・仕事を始めた。

これらが全て同じくらいの時期に起こったのだが、この全てが僕に新たな(再びの)出会いを巻き起こしてくれた。




・金より、人を大事にしなさい。
母方の祖母が亡くなり、僕は妹と二人で福島に帰った。
僕の家庭は、両親が離婚しており、母は具合が悪いため、二人で行くことになったのです。

そこで、久しぶりに従兄弟達と再会した。(およそ15年ぶり。)
15年も経つと皆変化するもので、お姉さんだと思っていた従兄弟の頭に白いものが混じっているのを見て、ああ、あの時からこんなにも時が過ぎたのか、などと言う感傷的な気持ちになった。

夜、寝る前に、叔父(従兄弟たちの父親。)に言われた。

『いいか、翼。お前が何かで成功したいのなら、金を取るな。人を大事にしなさい。人を大事に出来る人間が、初めて成功出来る。』

僕は別に成功したいとも、金持ちになりたいとも思っていなかったが、叔父の教えは深く心に響いた。
叔父は人を大切にする人です。
今回の祖母のお葬式に集まった人達は、みな叔父と繋がりのある方々だった。(祖母の家は広いのだが、それでもギリギリなくらい人が集まった。)

人を大切にする。
当たり前のことだが、これがなかなか難しい。
叔父は、今までの人生を、人を大切にする事を信条として生きてきたのだろう。
結果、祖母のためにあれだけの人が集まった。

僕も叔父と同じ血を引いている。
それがとても嬉しく、誇らしかった。

祖母、祖父、叔父、母、親戚たち皆に改めて心から感謝した。
素晴らしい血を分けてくれて、ありがとう。




・満員電車
感謝を忘れる事を『満員電車』と呼ぶ事にした。

最近仕事を始めました。
最初は研修で、渋谷の本社に行くことになった。
僕は、電車通勤とは無縁で生きてきたのですが、研修中は満員電車に押し込まれる事となった。

あれは凄まじい。
毎日あれに耐えて、そこから仕事をする人々を本当に尊敬する。

が、満員電車の中で、ふと思った。
電車が揺れたとき、大多数の人はその場に留まろうと踏ん張ったりはしない。
しかし、吊革や手すりに掴まっている人は、踏ん張る。
結果として、大多数の人々が、少数の人々に身を委ねる事になる。
踏ん張る人々は、さぞ辛いだろう。

これは何かに似ている気がした。
満員電車の中で、考えてみた。

これは、人から助けてもらったり、施しを受けたときに、それを当たり前と受け取ってしまうと言う哀しい事に似ている気がする。

きっと本来は皆、助けられれば感謝する。
感謝するから、自分も頑張ろうと努力する。
そして、自分自身が成長し、いつの日か、もしかしたら、他の誰かの助けになるときが来るのかもしれない。
それがあるべき姿だと思うのです。

しかしそれが、誰かから施しを受け続けることで麻痺してしまう時があると思うのです。
当たり前、と。

当たり前を当たり前と思った時点で、それは慢心、傲慢の極み。

人と人との根底には常に感謝があるべきだと思いました。(何を偉そうに。)

慢心と言うのは、全ての人が多かれ少なかれ持っているもの、と言う事を、とある僧侶が言っていたことを思い出しました。
あの人は慢心など無いだろう、と周りから言われる人も、必ずどこかに慢心がある、と。
しかし、そのような人は自分の慢心をコントロールする術を身に着けているとも言っていました。

慢心は消せないもの、ならばコントロールしよう。(だから何を偉そうに。)

自分自身の慢心を認めることが、慢心をコントロールする第一歩な気がします。

当たり前の事に感謝しよう。








沖縄の大地はやはり素晴らしく(僕は沖縄が大好きなのです。そして大好きな人達が沖縄にいるのです。)
、故郷ではないのになんだか無性に帰郷した気持ちになる。

一年ぶりに再開した友人、そして新しく出会った友人。

やはり僕は人と出会う事が大好きなのだ。

会いたい人、行きたい場所、やりたい事全てを実行するには1日が24時間では全然足りない。

でも、それがとても嬉しく、幸せです。

それだけ、大切なものがあるという事だから。









さて、託され屋さんとして初めての依頼(第一託、とでも言おうか。)が来ました。

託し主は、昔お世話になった、僕に多大な影響(主に、旅に関して。)を与えた先輩、Yuki君。

Yuki君は、世界を放浪しつつ、タトゥーアーティストを目指して現在オーストラリアで修行中です。

Yuki君には様々な事を教わりました。

そんなYuki君が、現在オリジナルの洋服(デザインTシャツ)を販売しており、その日本での宣伝を託されました。

実際にサンプルとして、僕にTシャツを送ってくれたらしく、非常に楽しみにしています。

次回は、そのYuki君のルーツなどを書いていこうと思います。







人生に出会いと面白さを。




歌川 翼
TEL 09058104375
LINE utgw2836

誰かの心の中にその人がいる限り、その人は生き続けている。

僕の祖母が亡くなった。

祖母は福島に住んでいた。

なかなか会いに行けなかったこともあって、僕はあまり祖母の事を身近に感じられていなかったのだと思う。

でも、祖母は僕と妹を可愛がってくれていた。

お小遣いをくれたりもしたが、子供の頃はラッキーとしか思っていなかった。

祖母は、足腰が弱るまで、祖母の家の近くのお地蔵さまに、毎日のように僕らの安全を祈りに行っていたと聞いた。

最近になって、僕はようやく人の気持ちを考えることを覚えた。

祖母の気持ちはどうだったのだろうか。

僕が言えた義理ではないかと思うけど、答えは間違いなく僕らを愛していたと思う。

祖母がくれたお小遣いは、どこから出ていたのだろうか。

きっと、僕らのために貯金してくれたんだろう。

それがいつかは分からない、僕らが祖母の家に来る日のために。

僕は会いに行くことも出来たのに、会いに行かなかった。

そして祖母が亡くなった今やっと、祖母の気持ちを受け止めている。

ただ、ごめん、と伝えたい。

けど、ばあちゃんはもういない。

今更泣いたって、どうしようもない。

誰かの心の中にその人がいるかぎり、その人は生き続ける。

だからって悲しいのは悲しいんだよ。

ばあちゃん、本当にごめん。

それから、たくさん愛してくれてありがとう。

俺、ばあちゃんがガッカリしないように、ちゃんと生きるから。

俺は俺の出来る事、精一杯やるから。

恐れずに、向き合ってみる

こんばんは(にちは)

晩御飯のメニューがすんなり決まった日は、なんだかとてもスッキリと明日を迎えられる気になります。
そんな小さな事で、と思われるかもしれないけれど、それもまた人生の1ページ。




ここの所、自分の価値観やら何やらを赴くままに書き綴ってきましたが、僕は別にこうしろとかこうなれとか、そんな事が言いたい訳ではない。
ただ、こう思う、こう考えると言う事を発信したいだけなのだ。
そこになんの意味があるのか。
それは僕の手から離れたところで生まれると思っています。

僕のしたい事。
単純に、面白く生きたい。
誰が悪いとか、何が悪いとか、そういう話ではなく、ただ純粋に面白く生きたい。

別に自分を特別視する訳ではないけれど(特質はあると思っている。しかしそれはすべての人が特質を有していると思う。)、僕はマイノリティなのだろう。
それは、世間一般的にしっかりと生きている方々から好まれないと言う、少し寂しい形で表現される事が多々ある事からなんとなく分かる。

『そういう生き方もある。』
この一言が、僕を救ってくれた。
見ず知らずの一人の人間が発信した一言で、僕は救われた。

だから僕は、僕の生き方を綴る。
これを読んだ誰かが、もしかしたら少しだけ楽になれるかもしれない。
これを読んだ誰かが、もしかしたらあと一歩踏み出せるかもしれない。

その一歩が何かを生み出し、更にまた別の一歩になるかも知れない。

託され、託す。

何かを生み出すことは、『面白い』と思うから。




・『霧意識』
何かをしている時(例えばスポーツや料理等、身体を使ったりする事をしている時。)に、違和感を覚えることが多々ある。
それは何というか、とても気持ちが悪い。
あともう少しで気持ちよく身体が動く気がする。
しかしそれが何なのか、分からない。
例えるなら、夢の中でゆっくりとしか走れない様な。

こうではない、ああでもない。
試行錯誤しながら身体を動かす。

きっとこれは顕在意識と潜在意識の差なのだと思う。
『こうしたい。』と言う顕在意識と『ああしなくては。』と言う潜在意識の差。

僕はこれに『霧意識』と名付けてみた。

霧の中をさまよう様な、なんとも歯がゆい感覚。(旅の中で、濃霧の知床峠を走った事を思い出した。)

加えてどうでもいいが、霧と夢は、同じ『む』繋がりなんだなぁと気づき、その2つの性質は案外似ているのではないかと達観したような事を思ってみたりする。

晴れた(醒めた)所には何があるのか。
そんな事を考えるとわくわくする。




結局、なんだか高尚な事を言っている風を装いつつ、僕のやってる事は元々身近にあったこと等に改めて名前をつけているだけだったりする。

でも、名前をつけてみるだけで、案外取っ付きやすくなった気がしたりする。
得体の知れない感覚やら、よく分からない自分の気持ちやら、そんなものに名前をつけるだけで、なんだか少し不安が安らぐような気がするのです。
よく分からないものを、よく分かろうとすれば、そんなに怖くは無いのかもしれない。

それはきっと人も同じだと思う。

まずは分かろうとする(真剣に向き合う。)事。
根底はそこにあると思うのです。(くどいかもしれないけれど。)

恐れずに向き合ってみる。





前回から電話番号とLINEのIDを公開してみました。(実は最初、LINEのIDを間違えて載せていました。宇宙的な奇跡が起きていて、京が一にも登録を試みてくれた方がいらっしゃったら、本当にすみません。)
何かを生み出せるとかそういうこと以前に(もちろん素敵な何かが生み出されたらとても嬉しい!)、僕自身が人と向き合う事を試みてみたかったからです。
ライフスタイル的にすぐ返信と言う訳にはいかないときもあると思いますが、なんかこう歌川翼にこれを教えてやろう!的な事があればどんどんご連絡ください。







人生に出会いと面白さを。




歌川 翼
TEL 09058104375
LINE utgw2836

人は生きながら、生かされている

こんにちは(ばんは)

ここの所人と話す機会が多々ありまして、その方々と話した事を自分の中でなかなかまとめきれずにいたら、気がつけばもう一週間です。
あまりの時の速さに、そこになにか大いなるものの存在を感じる。(例えるなら、マスターソードを抜いた途端に7年の歳月が過ぎていた、的な。)

完全な言い訳です。




・横並びに一歩進む。
政治的な意見はあまりしたくないのですが(受け取り手によっては僕の手に余る状況にもなり兼ねないので。)、アメリカの大統領になったトランプ氏が『アメリカ第一』と言う発言をしていました。
なにか、とても引っ掛かる気がした。

以前にも書いたと思いますが、人は人です。
そこにボーダーはない。

僕たちは、自分の目(小さな目、とでも呼ぼうか。)に見える範囲でしか物事を捉えられないことが多々あるのだと思う。

けれど、少し想像してみる。
大きな目で見れば、僕らは地球に住んでいる人間で、そこになんの違いもない。
言葉、文化の違いなんてものは、おまけみたいなものだと思う。
ジョン・レノンも言っていましたよね、『イマジン(想像してみよう)』と。

誰かが一番になれば、それでいいのだろうか?
誰かが何かを得るために、他の誰かが何かを失う。
本当にそうなのだろうか?
誰かに何かを与えて、誰かから何かを与えられる。
これが、あるべき姿なのではないのか。
失う必要なんて無くて、全ては与える事に繋がるのではないのだろうか。

誰かが、他の誰かをおいて独走するのではなく、横並びになって一歩進む。

僕はそんな世界を想像している。




・ハードではなくソフト。
素晴らしく馴染む表現だったので、僕が兄貴と慕う方からいただいたものです。

人が価値を感じるもの。
例えば、美味しいご飯だとか、素敵な洋服だとか。
それぞれの嗜好があり、それぞれのお気に入りがあると思います。
価値を感じるから、それ相応の金銭的対価を支払う。
当たり前の事です。

でもそれは、物に対してだけ、価値を感じているのでしょうか?

世界一美味しいわけではないけど、あの定食屋さんの味が好き。
なにより、あそこのおばさんは優しくて、そこでご飯を食べることが楽しみ。

同じ洋服は家から近い店舗でも買えるけど、いつも真剣に服選びに付き合ってくれる店員さんがいるから、少し遠いけどそこの店舗に行く。

きっと人は、物に価値を感じている以上に、人に価値を感じているのだと思う。

物の価値だけでは、これは生まれない。
人と人とが真剣に向き合った結果、生まれるのだ。
そこには上も下もなくて、一人の人間とまた別の一人の人間の心の繋がりがあるだけ。いや、それだけでいい。

ハードではなく、ソフト。




・人と人とを繋ぐもの。
僕がこのブログを始めるときに、託され屋さんと言うものも始めた。

誰かから何かを託されて、それをまた必要としている誰かに託す。(物でも事でもなんでも!)
そうする事で、人と人を繋げ、面白いものが生まれてくれたらいいな、と考えていました。

ふと気が付いたんです。
託され屋さんは僕だけじゃない。

これを読んでいる方(そこのあなたです!)も、誰も彼もみんな託され屋さんです。

僕らは、みな誰かから何かを託されている。
親、兄弟、友人、先輩、裏に住んでるおじいちゃん、角の商店のおばさん、関わった人すべてから。
それは、託された人の中で生き続け、また次の誰かに託される。
人間がいる限り、永遠に。

託され屋さん、それは生きる事そのものであり、人間そのものなのだと思うのです。

人間とは、『人の間』と書きます。(金八先生の真似ではない。)
人と人とを繋ぐもの、それはやはり人(託され屋さん)なのではないだろうか。

人は生きながら、生かされている。

日々、感謝。







人間は孤独を感じます。
でもそれは裏返せば、他人の存在を感じる事が出来るからです。

人は、一人じゃない。
人の中にはたくさんの『人の想い』があり、それを皆が脈々と受け継いでいるからです。

人と人のふれあいは、必ず何かを生み出します。
何故なら、『何かを与えて何かを得る』事が出来るから。









人生に出会いと面白さを。

歌川 翼(託され屋さん)
TEL 09058104375
LINE ID utgw2836

優しいとか厳しいとか、それ以上に真剣に向き合う事

こんばんは(にちは)

ここしばらく、頭の鈍痛に悩まされています。
なんと言うか、何もやる気の起きない、憂鬱な気分になる時もありますが、それも含めて僕なので今はまぁこれでいいや、とそんな気持ちでいます。
焦っても仕方ない、みんなそれぞれ、そのままでいいのです。




話を聞く、これはとても簡単で誰にでもできる事のように思えます。
しかし、話を聞くと言う行為の中にも、様々なものがあると思います。

親しい友人の話を聞く、飛び込みのセールスの方の話を聞く、テレビ越しの全く見知らぬ人の話を聞く、後輩の相談の話を聞く。

どれも話を聞くという点では同じですが、きっとそれぞれが持つ意味合いは少なからず違ったものだと思います。
あまり興味のない話は、ただ耳から入ってくる情報としてしか処理しないのではないでしょうか。

僕は、本当の意味での『話を聞く』と言うのは、相手と真剣に向き合う事だと思います。

例えばあなたが、大切な人の話を聞いているとき、耳から入ってくる情報として単に処理するだけではなく、自分の心で相手の言葉を受け止め、相手のことを考えながら聞いているのではないでしょうか?
つまりは、相手の想いに真剣に向き合っている訳です。




以前幼馴染が、『時間に対する意識』と『行為に対する意識』の総和は一定で、時間に囚われれば囚われるほど、行為の質が下がる。と言う話をしていたのですが、まさにその通りで、時間に囚われて真剣に人と向き合う事が出来ない大人が増えていると思う。(忙しい、暇がない、が口癖の大人だ!)

例えば、子供が大人に、「何故人を殺してはいけないの?」と質問したとします。 (極端な例ですが。)
それに対して、「だめなものはだめ。」と答える大人は、僕はあまり好きではない。
だいたいそういう人は、時間に縛られている。
忙しい、時間がない、無駄な事を聞くな。
時間に囚われて、相手と真剣に向き合えていない。

目上の人間の言う事は絶対、社会に出たら我慢するのが当たり前。
よく聞く社会の決まりみたいなものですね。
これ、相手と真剣に向き合っていたとしたら、出てくる言葉ですか?

僕の知っている、僕の尊敬している目上の方は、僕と真剣に向き合ってくれる。
だから、僕が間違えた考えを持っていても、上から押さえつけるのではなく、自然と納得させて導いてくれる。
僕と話すことを、『時間の無駄』で片付けずに、真剣に向き合ってくれているから、そのような形になる。

だから僕は、【目上の人間の言う事が絶対】、と言うのは乱暴すぎると思う。
【我慢するのが当たり前】も、なんだか真剣に向き合う事を放棄して無理矢理押さえつける為の言葉に聞こえる。

僕はこう言うタイプの大人を密かに『囚人(量産型)』と呼んでいる。

囚人達は、僕の様な存在を嫌う。
彼らの言う『時間の無駄』と言う事に対して、僕は無駄だとは思えないからだ。
彼らは、囚人であり、量産型である。
なので、自由で、ワンオフなものが嫌いなのだ。




僕が何を言いたいのかと言えば、なんだかとても愚痴みたいな事を長々と書いてしまったが、つまりは

『人と真剣に向き合ってほしい。』

と言う事です。




理解できないから、みんなと違うから相手にしない。
それはきっと、怖がってるんですよね。相手のことを。
世の中には様々なタイプがいます。
けれど、みんな人間じゃないですか。
恥ずかしがり屋だったり、甘えん坊だったり、色々な人がいますけど、みんな人間じゃないですか。

否定して拒絶するんじゃなくて、真剣に向き合えたら、とても素敵だと思いませんか?

フォレスト・ガンプだって、人と真剣に向き合える人間だったから、あんなにも素敵な人生を送れたと思うのです。(フィクションですが、素敵なものは素敵!)

真剣に向き合う、その第一歩が、話を聞く事だと思うのです。








時間なんて忘れて真剣に話をしてみてください。
時間なんて気にせず真剣に話を聞いてください。
僕らはみんな同じなのだから。







人生に出会いと面白さを。